’97年度教育研究全国集会(群馬)のレポートより

  
子どもの権利条約を生かした学校・学級経営・子どもとのつき合い方


T、はじめに

 権利条約が発行されて3年が経とうとしている。先進的なところでは権利条約 を学び、生かそうという取り組みが地域も共に行われているが、それが果たし全 国的にまた、肝心な学校の中に入ってきているかというと決してそうとは言えな い状況にある。それは、なぜか?というと様々な原因があると思うが、島根の学 校現場で考えた場合は一番の原因は教師自身が権利条約の内容を深く学習する機 会が圧倒的に不足しているからであると思われる。あくまで感触としてだが、教 員の大多数が「名前は知っているけど…」と答える程度であるように思う。また、 ある程度内容的に知識はあっても具体的に条約を現場で生かしているかとなると かなり厳しい状況にある。
また、「あれは発展途上国の子どもたちのために作られ たものだろう。」という声もまだまだ多いようである。
 研修機関として教育センター等の研修内容に子どもの権利条約について触れら れることはあっても研修内容として取り上げられることはない。政府・地方自治 体等には条約が批准された以上、権利条約を広く地域に知らせる義務が第二部の 第42条に「締約国は、この条約の原則及び規定を、適切かつ積極的な手段によ り、成人のみならず子どもに対しても同様に、広く知らせる義務を負う。」と書か れてある。しかしながら現実として、そのような動きどころか空気さえない状況 があると思う。


U、具体的事例から権利条約を考える

1,トランプ使用を巡って(5年生 計38名)
@事の始まり
ある日だれが持ってきたのかは記憶にないが、友達数人で休み時間トランプ を教室でし始めた。学校では以前(2〜3年前)職員会の生徒指導部から「雨 の日は、子どもたちが外で遊べないので各学級で遊び道具を持ってきても良い。」 ということになっていた。 ただし、ファミコンとかは許可されずで「けんだま」 などのような常識的なものということになっていたような気がする。しかし、 現実にはほとんどのクラスが学校に遊び道具を持ってきていなかった。そのう ちに職員も大幅に変わり、自然と教員も子どもも何も遊び道具については意識 が希薄になっていた。
A事の広がり
トランプをしている子は、そのことが頭にあったようで私の前で堂々とトラ ンプをしていた。私も授業が始まれば止めるので特に問題としなかった。しか し、何人かの子が私に「先生、トランプしてもいいんですか?」と聞きに来た。 私は「たしか、雨の日は良いというきまりだったと思うけど・・」と自信なく 言った。そのうち自然とトランプをするグループが増え、あっという間に半分 以上が休み時間 トランプをしている状況となった。私にも「先生、トランプし よう。」と誘ってくる子も多く、私も一緒にトランプを休み時間何度かした。(た しかに、子どもと一緒にやるとおもしろいし、仲良くなれる。悪い気はしない。 と感じた。)そのうちけじめさえつけばいいんじゃなかと思うようになっていっ た。
まあ、そのうち子どもたちも飽きてくるだろうという考えもあったのだが、 実際は一ヶ月近くもそれは続いた。2組、3組でもトランプは流行している。 しかし、2組は担任の先生からけじめがつかなくなっているということで話し 合わせその結果禁止となったそうである。3組は先生の注意からみんなしなく なっていた。1組は私がそもそも「休み時間子どもがトランプぐらいであれば 別にいいのでは」という考えがあり何も言わなかった。
Bけじめがなくなってくる。
 しばらくしていくうちに、トランプに熱中するあまり、授業に食い込んだり とけじめがつかなくなることが多くなってきた。そのうちに他の先生か らトランプのことで注意を受けた。わたしは、けじめがつかなくなってきてい ることには注意をしなければならない。しかしながら、トランプという遊びを 教師の一存で禁止にはできないという考えもあり、話し合い、 このことを子どもたちに考えさせたい意向と学校の問題として考えさせてもら ってもいいかと理解を求めた。その先生は、理解を示して下さった。
C子どもたちの意見を聞く
全員の意見を聞こうと思い話し合いを持とうとした。

子どもたちの考え
・禁止にした方がいい。 15人
・けじめをつけてやればいい。 1人
・けじめがつかなかったら禁止にする。 13人
・雨の日だけする。 2人
・業間休みだけ 1人
・業間と昼休みだけ 3人
・昼休みと放課後だけ 1人
・放課後にやれば良いと思う。 1人
・ルールを守らない人は禁止にすれば良いと思う。 1人
・執行部まで言うことはないと思う。 2人
・他の学年のことまで言うことはないと思う。クラスで決めればいいと思う
・ほかのクラスも使えばいい。 1人
・どこの学年もトランプをやっていいことにしてもしもそれ以外で使ったら
の組は使うのを止める。 1人
・どっちでもいい。 1人
・先生の考えで良い。 1人
・曜日を決める。 1人
・気がついた人が日直やみんなに教えてあげればいい。 1人
D「先生もういい!」
子どもたちの意見をまとめ、その結果について子どもたちに知らせた。そし て、これから話し合いをしようとした。すると、クラスでも力を持っているA 子がこう言った。「先生、もういい。話し合いなんかしなくても・・・」という 一言を言った。私は少し拍子抜けして「本当に良いの?みんながやりたいとい うことであれば先生別に反対しないよ。」と言った。「もう飽きたし・・・」と いうような声も聞かれ、「それでいい人?」と手を挙げさせたところなんと全員 が手を挙げた。「本当にそれでいいの?」


2,トランプ使用を巡っての教師の考え方のちがい
A先生 トランプなど勉強に関係ないものを持ってきてはいけないから指導する
B先生 話し合いにより子どもたちの決めたことを尊重するが、教師からの注意 点も盛り込む
     (条件付き採用型)
C先生 職員会で子どもたちのトランプ使用の是非を巡って提案し、子どもたち の意見を代弁するが、
      それが否決された場合、職員会での決定には従う。 (他の先生の視線が気になる型)
D先生 子どもの意見を全面的に支持する。(放任になる可能性は?)
E先生 子どもにも自由に自分の意見を権利はある。教師の方にも授業を成立さ せる責任があるから、自由に子どもたちに話す権利がある。だから、お 互いの立場で話し合えばいい。(教師の力が強いゆえに教師の型にはめて しまう危険性は?)
私の考え:トランプを休み時間使用するのは決して咎められることではない。子ど もの話し合いを通じて決定されればよいと思う。ただし、その際時間を 守ることや、低学年のこともよく考え権利と共に義務のことも考えてほ しい。


3,この問題から見えたこと・考えたこと・疑問に思ったこと
《見えたこと・反省したこと》
 (1)子どもたちにトランプ使用について要求が強い時点でそれを実現化させてい けばよかったのではないだろうか。子どもたちの要求は時間と経験と共に変 わっていく。それを取り上げるタイミングの難しさ。
 (2)アンケートから子どもたち全員がやりたいということでなく、禁止にしてほ しいという意見も多くあり、声を拾ってみると多種多様な考えがあったとい うこと。一人ひとりの意見をいかに表現させ、それをもとに調整していくか 話し合いの必要性。いかに自分の意見が表明しやすい学級経営をしていなけ れば全員の子どもの権利を守っていくことはできないという日々の学級経営 の問題。
 (3)校則が、教師からの押しつけであるために子どもは校則に関し何の意義も抱 いていない。まさにきまりの押しつけであり、子どもと共に校則を考えてい こうという意識の希薄さが感じられる。ここには子どもを保護の対象として しか見ていない教師の価値観があるように思う。
 (4)時間をかけて子どもの権利の観点から、意見を尊重しながら進めていくこ とで子どもは特に不満を持たなかった。
 (5)大規模校ではどうしても学年で足並み揃えないといけない部分があり、取り 組み方に違いがあると子どもたちの中に「あのクラスは許されていていいな」 という比べる意識が生まれやすい。子どもたちの合意を常に形成していくた めには代表委員会だけでなく、学年の代表委員会のような話し合いのできる 組織も必要ではないだろうか。
 (6)とかく学校では義務や規則ばかりが強調されがちである。そもそも義務や規 則は権利を達成するためにあるものではないだろうか。まずは子どもの権利 を認めていくことが先に来るべきものであると思った。


《疑問に思ったこと》
 (7)トランプ使用についてはけじめがつかないという学習面また生活面に及ぼす 影響についての危惧があった。しかし、同時にそれは管理ではないかという 部分もあり迷いが生じた。はたしてこの問題は管理ではなかっただろうか。
 (8)私の出した手紙はその時の自分の思いを書いたものだったが子どもたちにと っては先生が自分たちの権利を大切にしてくれていると感じただろうか?
 (9)権利条約については以前簡単な話をして本を読んだ程度のものであり、自分 たちの権利についての認識は子どもたちにはなかったように思う。今までに 権利条約の学習などを行ったり、権利行使の経験をもっと多く体験する必要 があったように思う。権利を勝ち取っていこうという意欲の希薄さには、自 分たちの権利にはどんなものがあるのかということの学習・理解不足はなか っただろうか。
 (10)A子の声は正直な声であり、手紙にも同じことが書かれてあった。(資料) しかし、全員が挙手したのはなぜだろうか?話し合い活動ではいつも多種多 様な意見が出てきて、なかなかまとまらないことが多い。それがクラス全員 の話し合い活動ということの拒否反応を示したのであろうか?話し合い活動 は子どもたちにとって面倒くさいものという考えがあるならば、その活動の 意義について教えていく必要があるのでないだろうか?


4,意見表明権12条と教育への権利28条との絡み
28条では、「学校における規律(懲戒)が、子どもの人間的尊厳と一致する方 法でかつ、この条約に従って行われることを確保するため、すべての適切な措置 をとらなければならない。」とある。
このトランプ使用の是非については、28条に照らし合わした場合、適切な措 置とはどのようにすべきか深く考えさせられる。子どもの意見を尊重することが 意見表明権ならば、その意見をいかに人間的尊厳と一致する方法で実現させてい くかが問われるのではないだろうか。