「わがままと権利のちがい」「権利と甘やかしの違い」みなさんどう思われますか?


 権利と義務の関係は非常に複雑な構造になっていると思います。単純に権利と義務はバランス良く両天秤につりあって乗るようなものではないと思います。
 憲法で保障された基本的人権の中で細かく言えば健康な生活を営む権利、参政権、選挙権・・・など大人の世界では多種にわたってあります。ここのホームページで取り扱う子どもの権利は、そのような憲法とは少し意味合いが違うように思います。もっと現実的なもののような気がします。いわばマナーのことにもつながる面もあると思います。でも、マナーとは絶対的なものでしょうか?マナーも文化・時代で大きく変わっていきます。価値観が混在している現代社会ではマナー、生活様式もここ数年で大きく変わっています。例えば食べ歩き。今食べ歩きをしている大人もずいぶん増えました。どうでしょう?男女が手をつないで歩く。一昔前では白い目で見られていたものです。ズボンからシャツを出す。今じゃあたりまえです。数年前なら「シャツが出てるよ」と注意されたものです。このように価値観はそれを認めるものが人数として増えると市民権をえてしまうものなのです。外国の学校では、子どもがガムを食べながら授業を受けたり、足を組んで先生の話を聞いていることもあります。さすがに日本ではまだマナーとして認められていませんが、あと数年すればわかりません。その時まさかと思われたことが現実に徐々に変わっていくのです。そのような人の価値観が変わりやすいとも言える日本では、学校のマナーもどうなるのでしょう?
 文部科学省では、奉仕作業の義務化が進められています。奉仕作業の義務化と聞いただけで言葉の矛盾を単純に感じてしまうのは私だけでしょうか?
 さて、前置きはこのぐらいにしておいて、皆さんの意見をお聞きしたい事として「子どもの権利ばかり尊重していたのでは、子どもがわがままになってしまう」という考えについてどう考えられますでしょうか?権利と甘やかしの関係もそこには入ってくるように思います。大人は、子どもの権利をどのように尊重できているのか、わがままをどのような定義でとらえているのかが直接子どもと接するときに言動として表現されると思います。それによって子どものものの見方、考え方もずいぶん影響されることでしょう。私自身、明確な線引きなどできません。そこで皆さんの意見を聞きたいなと思います。もし、そこの点お考えのある方がいらっしゃればぜひ、意見を掲示板に書いて下さい。

具体的なことを通して権利とわがままについて考えてみよう。こんなときあなたはどう考えますか?
 ○学校で休み時間にマンガの本を読んでリラックスすること。
 ○ペットボトルを机において、のどが乾いたら飲んで授業を受けること。
 ○名札を自分で作ること
 ○うわばきを自由に自分で決めること(下履きはすでに自由な学校がほとんど)
 ○冷房を教室につけてもらうこと
 ○授業の間の休み時間を増やすように要求すること
 ○先生の学級経営方針を決めるときに生徒も参加し意見を出すこと
 ○職員会に生徒が傍聴または参加すること