園長先生のページ


2011年12月29日
『2011年最後の園長の言葉 題名は“感謝”』



 一昨日は、おおつか保育園でのもちつき、昨日は交流ホームでのもちつきと、最後の行事もそれぞれの場所で、おかげさまで賑やかに無事に終えることができました。そして、いよいよ今日、今年最後の保育の日となりました。


 思えば、9月から二箇所に分かれての生活になり4ヶ月が過ぎようとしています。その間、保護者の皆様には色々な不安やご心配があったと思いますが、ご理解ご協力をいただいて、何とかこうしてここまでくることができました。ただ、感謝の思いでいっぱいです。ありがとうございました。


 後、二ヶ月で建物が完成していくとは、鉄骨の状態を目の当たりにすると、信じられない気もしますが、これからの変化をみなさんと一緒に楽しんでいきたいと思います。


 この二箇所に分かれての保育の大きな環境の変化に、最も力強く頼りになったと感じたのは、やっぱり、子どもたちでした。子ども達の、環境に適応していく能力の高さ、運命を切り開いていくたくましさ、何より子ども達の明るさに支えられて、日々を乗り越えることができました。


 自分自身の未熟さに落ち込む時も、子ども達は笑顔で寄ってきてくれます。心が弱っている時こそ、子ども達は何かを察するのか、そっと添ってくれるのです。子どもには、人を癒す特別な能力があるのでしょうか。大丈夫だよって、手を握ってくれる。情けない人に優しい存在なのですね。


 仕事をがんばっている私たち大人は毎日毎日大変忙しいです。そんな大人のスケジュールに合わせなくてはならない子どもたちは、もうちょっとのんびりしたいなあと思っているでしょうね。ぐずぐず言うときは、いつも大人は焦っている時ばかり。焦れば焦るほど、こちらの都合に合わせてくれない子どもです。


 大人がチャンネルを変えて、よし、このぐずぐずとゆっくり付き合ってやろうと、ちょっとつきあってあげると、意外とあっさりと気分が変わって、さっさと準備をしたりします。何なんでしょうね。いつまでたっても、子どもは不思議な存在です。


 そして、少しの間だけでも、きちんと向き合ってあげたことを、子どもはちゃんと覚えていてくれる。あんなにやんちゃ言っていたのに、次には、にっこりと笑っている。まあるいお月様のような笑顔で。


 明日から、4日までお休みに入ります。子ども達はどんなお正月を過ごすのかな。親戚の人たちと会うのかな。兄弟姉妹、従兄妹たちと遊んだり喧嘩をしたりして過ごすのかな。お母さんたちにとっては大変なこともたくさんあると思いますが、子ども達はそんな風に過ごす中で、人間関係のトレーニングをしているといわれます。 カルタやこま回しなどに色々挑戦し、大人も一緒に楽しめるゆっくりとした時間が過ごせるといいですね。


 元気でまた、会いましょうね。


2011年7月11日
『この園舎での最後の夏祭りは、ドラマチックな最後となりましたね!』


まさか、あんな大雨が最後に用意されているとは!さすが、簡単には終わらない、この園舎での最後の思い出に残る夏祭りとなりました。


 最後に、職員みんなで「34年間、ありがとうございました!」と叫んでから、間髪入れずにあのどしゃぶりが一気に降ってきました。園舎にも園庭にもステージにも、まるで空からたたきつけるような雨でしたね。あそこまで降ると、びっくりした後は、なんだか気持ちがいいくらいでした。(幼い子どもさんを連れておられるお父さんやお母さんたちは大変だったのにごめんなさいね)


 子どもたちはあのようなドラマが嫌いではないので、今朝は「雨がいっぱい降ってきてびっくりしたよ〜。」「いっぱい人がいて、僕びっくりしたよ〜。」と、目を輝かせていました。


 いつもだったら最後の最後にもう一度踊るはずの盆踊りをもう一回躍らせてあげたかったと残念でしたが、それ以外は予定していたことがほとんどできました。あお組さんのおみこし可愛かったなあ。年長さんの和太鼓はかっこよかったなあ。


天気の神様は、なかなか一筋縄ではいかない駆け引き上手な皮肉屋さんかもしれないと思ってみたり、最後の私達職員の出し物が終わるまでは、雨を降らすことを必死に我慢してくださっていた、けなげで思いやり深い方なのだと思ってみたり・・・。人生も天気も思いがけないことがあるものですね。でも、必ず乗り越えられる。どんなことでも、後では話のネタになる。だから、生きているって感じる。みんなの心を通わせ、ひとつになれば、乗り越えられないことはないのだと思いました。


 今朝会うお父さんやお母さんや子どもたちと顔を合わせて挨拶を交わすとき、同じことを経験した同士のようで更に、心が通ったようでうれしくなりました。たくさんのご協力ありがとうございました。また、連絡帳では“楽しかったです”“お疲れ様でした”と、あたたかい励ましの言葉をいただきありがとうございました。


 朝のNHKの連続ドラマ“おひさま”の主題歌に素敵な歌詞がつけられ平原綾香さんの透明な声で歌われています。歌詞のご紹介をいたします。祭りの初めの私の挨拶で伝えたかったことはこの歌詞の中が全部です。いつものことながら、挨拶は難しいです。しどろもどろ・・・。




 おひさま主題歌『大切なあなたへ』作詞:岡田惠和


 ひかりがさし 風が泳ぎ 生きてゆけると そう思えたの
 出会えた日は 私の記念日
 ごめん おおげさ? 本当の気持ちよ
 あなたは私の奇跡 あなたは私の希望
 暗い闇も 行き止まりも 2人なら軽いね
 あなたと ともに笑って あなたとともに泣いたね
 どこかで私を感じてて それだけでいいのよ
 目覚めてから 眠りにつく すべてがいとおしい そう思えたの
 笑っただけで 涙が出たわ
 ごめん おおげさ? 本当の気持ちよ
 あなたは私の奇跡 あなたは私の希望
 あなたの喜びもらい あなたの痛みももらう
 この暮らしが つづくなら 何もいりはしない
 あなたはわたしの奇跡 あなたは私の希望
 必ずどこかで見ているわ それだけでいいのよ
 たとえ世界中が あなたの敵だって 私だけはいつでも味方だわ
 大丈夫 信じて
 この命 投げ出すのに 迷いなんてないわ
 あなたは私の奇跡 あなたは私の希望
 お願いどこかで笑ってて それだけでいい それだけがいいのよ

 
2011年5月31日
『トラジローさんから学んだこと』

 なんと久しぶりのアップです。長ぁ〜いお休みでした。ごめんなさい。

 我が家には、9歳くらいの犬がいます。くらいというのは、拾ってきたワンちゃんだから、どんなお父さんやお母さんか分からないし、誕生日も分からないのです。まあ、我が家に来た時は3カ月くらいだったのではないかと思うのでそれからおよそ9年が経ったのでそのくらいかなと思っています。体重が20キロありますので、大きいほうでしょうか。

 名前は、トラジローと言います。このトラジローさんは、家族以外にはなつかない犬です。犬好きの心のやさしい人にも、決して心を許さないのです。家族以外の人が近寄るとウ〜っとうなったりほえたりします。散歩している時、「かわいい!」と言って手を出す人がいると、飼い主としては、とにかく急いで引っ張ってその場を逃れます(うちの愛犬のことを、あっ!あの小汚い犬などと失礼なことを言う人もいるので、それほどはかわいくはないのかもしれませんが・・)。噛みそうになるからこわいのです。よその犬を見ると、なんか人懐っこくてかわいらしいので、羨ましくなっていました。

 社会性を育てることができなかったのはなぜだろうかと、一歳までのことを思い返してみたりしていました。犬の一時保育のようなワンちゃんを遊ばせるところに連れていった方がいいかもしれないとか思ったりもしました。気が弱いから気細だから、こんな風に他人に対して警戒心が強いのかもしれないとか、なんか頭が悪いのかも、とか、育て方がいけなかったのかなとか、思っていました。そんな風に思ってトラジローさんを見ると、気が弱くちょっとおバカさんのワンちゃんに見えていました。

 そんなある日、犬を3匹飼っておられるおしゃれなご夫婦と知り合いになり、犬のことについて色々な話を聞きました。飼っておられる中にシェパードがいました。それは40キロもある筋肉質の精悍なワンちゃんですが、そのワンちゃんも家族以外は決して慣れることがないそうです。「この子は、頭がいいから家族以外はだめなのよ。鍵も、人が開けるのをじっと見ていて、真似をしてすぐ開けちゃうのよ。」と話された時驚きました。頭がいいから他人に気を許せないとは・・・。そう思ってトラジローさんを見ると、なんて賢そうな犬なのだろうって、どことなく知性的で、品よく思慮深いかんじに見えるではありませんか。頭がよくかっこいい犬に見えてくるのです。

 見方が変わるということは、すごいことなのだと改めて感じました。見方を変えると世界が変わる。全く逆さにもなっちゃう。ある物事が見方で全く違った意味に変わる。トラジローさんが賢くてもおバカちゃんでも、それは特にどちらでもかまわないのですが、ただ、見方を変えるということがどういうことなのかをつくづくトラジローさんからまた学びました。また、人とかかわる仕事をしている私たちは常に見方を変えていくとか、逆さから見てみるということをしていくことが大事なのだと、改めて感じました。

 話は変わりますが、先日、会いたいと思っている人に突然会い、とてもうれしかったです。その人が、「最近、全然更新しておられませんね〜」と、このホームページの園長のことばのところを突っ込まれたので、「ええっ!読んでたの?」と、びっくりしました。「すぐ更新するから!」と宣言しました。で、今、パソコンに向かっているわけです。  こ・れ・で・いいのだぁ〜と、叫びながら。 とにかく、また、会う時までお互いに元気でいましょうね!
 
2011年1月19日
『とんどさん』

 今年も無事にとんどさんが終わりほっとしています。

 おおつか保育園の周囲はアパートや家が立ち並び、年々とんどさんができる環境ではなくなってきています。ご近所にはすすがたくさん飛んだりして、毎年迷惑をかけています。

 三年位前だったでしょうか。とんどさんはやっぱりこの環境では無理ではないかと思い、もう止めなくてはならないと思った時、「とんどさん、やめようかなぁ」と、思わず口に出していました。それを聞いたその時二十歳位の次女が、「ええっ?止めるのぉ。止めないでよぉ〜。だって私この時期になると何となくいつもとんどさんのことを思い出すよ。」と言ったのです。

 思いがけない言葉に「とんどさんのどんなことを思い出すの?」と思わず聞き返しました。「あの竹の弾ける音と、焦げたお餅の味だよ。」と答えました。この子は、産休明けから保育園に通っていたので、7回とんどさんを経験していました。その言葉を聞いた時、とんどさんを毎年無理をしてでも行う意味がすーっとわかった気がしました。

 冷たい空気の中赤々と燃え上がる炎、竹の弾ける大きな音。空に舞いあがる黒いすす。燃え上がった竹の柱が倒れ、それを手際よくなたで切っていくおじさんたち。赤い火をみんなで囲みただぼーっと見ているあの時間。何も考えずまるで時間がとまったような不思議な時間。とんどさんを囲み、子どもたちも大人も同じ時を共有している幸せな風景。燃えた竹がオキになると、お餅が投げ込まれます。焼けた餅を熱い熱いといいながら食べます。それは焦げたお餅で焦げた味がします。

 電化で家でも火を直接見ることが少なくなった今の時代だからこそ、炎をみんなで囲むという五感で感じる体験は、なくしてはならない体験だと思います。どれくらい傍に寄ったら熱いのか、どんな風に燃えるのかなど、実際に体験するこのとんどさんを子どもたちの心の原風景として残していきたいと思いました。

 今、企業で最も欲しい人材はコミュニケーション能力を持った人だそうです。テレビやゲームなどの情報を受け取るだけでは、言葉も育っていきません。生の体験を通してこそ言葉も、コミュニケーション能力も豊かになっていくのです。ひとつひとつの体験を大切にして今年も元気に過ごしていきたいと思います。とんどさんの風にあたったから、大丈夫だね。


2010年12月11日
『ありがとうでいっぱい!!』


 今日は、子どもたちの応援にたくさん来ていただきありがとうございました。


 今回のテーマは、「みんな 違ってみんないい」「一人ひとりが光る舞台」です。みんな違ってみんないいは、金子みすずさんの、「私と小鳥と鈴と」の詩の中にある一節です。
 “私が両手を広げても、お空はちっともとべないが とべる小鳥はわたしのように 地面(じべた)をはやくは走れない”
 この詩を声に出して読んでみますと、なんだか「そのままでいいよ。そのままのあなたで充分すてきだよ。とっても、がんばっているね」と、励まされているように感じます。


 それぞれが、自分が持って生まれた命の一番いいところを輝かせて生きていけばそれで十分だと思うのです。その子が持っているいいところへ太陽の光をあててあげたいのです。集団の中で上手に生きていける社会性は大事で必要と思いますが、その子らしく、豊かな個性を持って育っていって欲しいなと願っています。


 今日の最後の年長さんは、食を中心とした劇をします。食べることは、自分の命を支えます。畑でとれた野菜を、おいしいといって食べること、おうちでも特別なおかずでなくても、ご飯と味噌汁をおいしいねといってたべること。365日、毎日毎回の食べることの幸福を積み重ねていくことが豊かな人生のもとになるのだと、子どもたちは教えてくれます。


 こんな私の挨拶で今年のクリスマス会は始まりました。子どもたちの一生懸命な姿に、生きるエネルギーをたくさんもらいました。子どもたちの歌声に、励まされ、背中を押してもらったように感じました。わが子を見つめるご家族の笑顔に、私たちも幸せをいただきました。


 ありがとうでいっぱいになったクリスマス会でした。
 
2010年10月6日
 素晴らしい青空のもと、運動会が無事に終わりました!!  やっぱり運動会は外でするのが一番ですね。


 あたたかなまなざしをありがとうございました。始まりから終わりまで、ずっとあたたかで幸福な気持ちで子どもたちを応援していました。子どもたちは、色々なことに自分の精一杯で向かっていっていましたね。そんな子どもたちの姿を目の前でみることができ、私たちはたくさんのエネルギーをもらった気がします。


 わが子と手をつないで走るお父さんお母さんの笑顔、そして子どもの笑顔、笑顔と笑顔が青空の下で、色とりどりのコスモスのようにあちこちで揺れていました。それを目の前で見ることができた幸福感をことばではうまく表すことができません。生きているということは、それだけで、すごいことなのですね。


 子どもたちは、ゴールをめざして、ちょっと困難かなと思うことにも自分から向かっていました。年長さんには、前回りはできるけど逆上がりに挑戦したいと向かっていく子どもさんも何人かおられました。失敗を恐れず困難に向かっていく子どもたちのエネルギーは、できてもできなくてもいいよと、ご家庭でゆったり過ごしておられるところで貯えられていたのだと思います。


 めざすということを支えるもとになるものは、すごすという生活態度があることなんだよと島根大学の肥後先生は著書「通じ合うことの心理臨床」の中で言っておられます。
 引用しますと“・・・・この「めざす」生活態度は、充実感、達成感、緊張感などにつながっており、私たちの心的生活を構成する重要な柱でもある。けれども成長するに従ってめざしたようにはいかないこと、しょせんとどかないことが次第に子どもにも見えてきて、それでも「めあて」に向かってめざす生活態度のみを求められると、次第に充実感や達成感よりも緊張感、失敗への不安、「できない」ことや「変わらない」ことからくる無力感のほうが大きくなってくる。・・・・本来このような「めざす」生活態度が活かされるためには、もういっぽうで「すごす」生活態度が形成されている必要があるということである。この「すごす」というかかわりが子どもに伝える中心的なメッセージは「変わらなくてよい」「このままでよい」ということである。「めあて」をもたずにそのとき、その場を人といっしょにすごしたり自分ひとりの世界に浸ってすごしたりすることが満たされた気持ちにつながる・・・・それが、もうひとつの肯定された生活態度の柱であることを子どもに伝える必要がある。今日の慌しい暮らしのなかで、私たちはついこちらの生活態度を子どもに伝え損なってしまう。それが「めざす」生活態度を支えているものであると考えると、子どもの意欲(めざす気持ち)を引き出すために真に必要なことは「すごす」生活態度の育成かもしれない・・・”と、続いていきます。


 先日、ある保護者の方が、「家族でお月見をしたいけど、どこかにすすきが生えている場所をしりませんか」と聞かれました。家族でベランダで、すすきを飾ってお月様をみられたそうです。お団子も食べられたそうです。その日、私もお月様を見ていたのですが、とてもとてもきれいなお月様でした。誰がどこで見ていても、このお月様を見れたことを感謝するような、そんなお月様でした。
 ベランダで、ご家族で見られたそのお月様を、子どもさんたちは、すごすという豊かな思い出として心の宝物箱にしまっておくのでしょう。そして、何か困難なことがあったときにその思い出は、確かな力を子どもたちにそっと渡してくれるように思います。


 それぞれの家庭に、それぞれのなんでもないような笑いや団欒がありますように。変わらない豊かな時間がありますように。


 一緒に!!というテーマで取り組んだ運動会!!一緒に参加していただき、一緒になって応援してくださってありがとうございました。


追伸  最後のリレーですが、私の青組が一番でこちらに向かって走ってきました。ちらっと横を見ると、あのA氏が二番手ではありませんか。こりゃやばい!と、必死で走りました。A氏は、ぐんぐんとスピードを出して私を追い詰めます。そして、身一つで、私が先にゴールでした。まあそこで私を追い抜いてしまったら、男がすたるというものですよね。しかし、いつもこれでは、子どもたちもみんなも納得できませんよね〜。色々考えましたが、私が秘かに特訓をして、あのA氏を反対に追い詰めればいいのではと秘かに思いました。でも、いつ、どこで、どんな特訓を??でもね、走る距離って、本当に短いんですけどね〜・・・。
 
2010年4月30日
『ひと月が過ぎました』


 心が折れそうだった4月。何で、こんな所に置いていくんだぁ〜と全身全霊で抵抗し泣き叫んだ子どもたち。「お母さんがいい!」「お父さんがいい!」と叫び泣き続けた子どもたち。そんな泣き叫ぶ可愛いわが子を、よくぞ託してくださいました。さぞ、ご心配だったことでしょう。仕事に行かれてからも、泣いて手を差し伸べて来たわが子の必死な姿に胸いっぱいになっておられたかもしれませんね。


 お母さん!お父さん!と一生懸命泣く子どもたちは、不安で寂しい気持ちを私たちに思い切りぶつけてきます。ぶつけられながら、今まで、深い愛情で手塩にかけて育ててもらってきたのだなと感じます。ここは、自分の思いを出せるに値する世界だと子ども自身が感じてくれているのだと思いました。そして私たち大人に対しても、信頼するに値する大人であると思ってくれているのだと、そういう信頼感を、ご家庭でしっかり培ってくださっていたのだと感じました。


 まずは、この4月を乗り越えたことを心より感謝いたします。子どもたちは少しずつですが、大人にはまぶしいくらいの環境への適応能力で慣れてくれました。こんな調子ですから、ぼやぼやしていたら、大人は子どもの後を追ってしまうようになってしまいますね。大人も負けずに、子どもと一緒に成長したいものです。


 保育というものはむずかしいと今更ながら感じます。一人の子どもに添っていくことやこの子の思いにしっかり応えていくことと、他の子どもたちに絶えず気を配るということの中で、一人とみんなの間で気持ちが引き裂かれてしまうことがしばしばだからです。


 目の前にいる子どもと関わりながら、他の子どもたちが気になっていると、子どもはそんな気持ちに気付いてしまい、結果的にどの子も満足できないということもあります。でも、いまの私は担任ではないので、目の前にいる子どもだけと付き合うことも可能です。役得です(笑)。だから、時間は短くても、その子とのひとときをちゃんと楽しむことができたりもするのです。そして不思議と子どもはそのことをずっと覚えていてくれます。覚えているよという目でそのことを教えてくれるのです。いつも思うことですが子どもには大人にはない特別な能力が色々たくさんあるようです。一瞬でも子どもの今と自分の今を重ね合わせ、その一瞬が充実し輝くように、自分の心を子どもに開いていたいと思います。


 園便りにも書いたのですが、たまたま見た井上ひさしさんの追悼番組の中で、笑いについて話しておられたことが興味深かったです。
“人にはもともと悲しみ苦しみが備わっている。人は必ず老いて死ぬものだから、放っておくと苦しんだり悲しんだりするものである。笑いはもともと持っていないもの。笑いは本来作らないとないものである。笑いは言葉だから、言葉で笑いを作っていく。そして、笑いは共同作業である。人間が外側で作って分け合っているのが落語。悲しんだり苦しかったりすることに、せめても逆らって笑っていく。”
 テレビを見ながら、簡単にメモしたので違ったところがあるかもしれません。でも、人がもともと悲しく切ないものを持っているということや、笑いを分かち合うということに共感したのです。


 赤ちゃんも笑顔と笑い声の獲得が、コミュニケーションの土台であると言われます。人との関係の中で一緒に声を出して笑うこと、他者と笑顔・笑い声を共有する力を育てることが、言語の獲得拡大につながっていくといわれます。


 赤ちゃんや子どもたちと一緒にいると、笑うことがたくさんあるでしょう。もちろん思いどおりにならず、いらいらすることもありますね。この大型連休に、ご家族で一緒に笑うことが随所にありますようにと祈っています。


 もし、覚えておられたら、わが子のつぶやきなどまた連絡帳で教えてくださいね。小さい子どもがいなくなった私はそれを読んで笑いたいと思います(ちょっと切ないかんじがでてしまいましたね)。


2010年3月15日
『不安定であることを恐れず勇気を持って進んでいこう』

 例年ですとまだスキーは楽しめている時期ですが、今年は雪が少なくて、これからもうちょっと楽しもうと思っていたののにいきなり幕を降ろされたようなそんな気分です。小学生一年生くらいの時に、父にスキーに連れて行って貰ったのが最初でした。初めてスキーの板に乗って滑った時、自分の意思とは無関係に滑っていくことがとてもこわかったことをよく覚えています。結局今までお腹が大きい時以外は、冬になると必ず滑っていました。結婚した相手がスキーをする人だったので、我が家は冬はスキーというのは普通でした。

 それでも子育ての間は、滑ってはいてもスキーを楽しむ時間の余裕はなかなかなくて、子どもから手が離れた今ごろになって、やっと又、スキーを楽しめるようになりました。

 スキーをしながら色々なことを考えます。よく人生とか保育とかを考えます。そんなことを考えているから、スキーがなかなかうまくならないのかも…。

 いい滑りをするためには、スキー板の最もいい位置にいつも乗っていることが大事だとよく言われます。ジャンプしてとんと立った時の体勢がベスト。でもねぇ…。常に斜面で、常にハイスピードで動いているその時その時に、常にいい位置で乗っていることは至難の技です。そんな時ふと人生も同じなのかなって思います。滑る時には、少し前に行くかんじだと身体が遅れないで、いい位置に乗れてコントロールも効きいい滑りができます。人生のいい位置も少し前を行くかんじなのだと思います。周りの状況をよく見て、少し前をいくかんじで、いい位置に乗る。いい位置に乗れば、いいかんじで何事もうまく行く。でも、常にその位置にいることは至難の技。瞬間瞬間で状況は変わっていきますから。

 最近スキーをして感じたことは、スキーを不安定にするという意味です。曲がる前に、スキー板を下に持っていきニュートラルの状態にします。ニュートラルの状態はとても不安定です。ブレーキがかかってない状態なので、どんどん落ちていきます。こわいので、早く曲がってブレーキがかかった状態に持っていきたくなります。でも、不安定な状態に持っていかないと、曲がることはできません。不安定であることは、曲がるチャンスがあるということなのだと感じます。曲がる前には、よし、不安定になるぞと思います。不安定になることは、決してよくないことではなく、曲がる、変わるチャンスなのだと感じます。そして、自分の力がもっとつけば、不安定である状態をもう少し長く自分に許せるのではないかと思います。

 子どもたちが、それぞれ思い思いに自分を発揮して遊んでいる状態は、保育士から見て、余裕がない時など、不安定な状態に見えるかもしれません。でも、自分にいつでもコントロールができる力が育っていれば、その状態を受け止めもっと楽しめるように思うのです。

 ところで今は、三月(半分終わってしまったけれど)。新しい環境に変わる少し前。不安定の最中ではないでしょうか。不安定であることをチャンスと受け止め、素敵に変わって欲しいと思います。そして、できるなら、いい位置をキープできるように、周りの状況を把握しながら、自分を変化させていくような、やわらかさとたくましさを持って乗り越えてほしいと願っています。

 20日は卒園式です。
 
2010年1月12日
『七草粥を頂きました』

 昨日、年長さんたちは、七草粥を作るために七草をとりに保育園周辺に出かけました。それまでのところで、大人の私たちは、七草を調べるところから始めなければなりませんでした。七草がゆを保育で取り上げたのは、今回が初めてだったからです。
 「セリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ、スズナ、スズシロこれぞ七草」という言葉は知っていましたが、実際はセリ、ナズナ位しか分からなかったのです。
 インターネットで検索し、その写真とお店で買ってきた七草とを比べてみました。セリは芹、スズナは蕪(カブ)、スズシロは大根。ナズナ、ハコベラは、よく道端に生えていてなじんでいる草。ここまではよく分かりました。分かりにくかったのは、ゴギョウとホトケノザでした。でもゴギョウとは母子草のことでしたのですぐ分かりました。最後に残ったのが、ホトケノザです。ホトケノザを検索すると、「春の七草のホトケノザは一体どっちが本物」という題で、“みんな食べてる、にせもののホトケノザ” と続いていました。これは、ホトケノザには、シソ科のホトケノザとキク科のホトケノザの二種類あるところから混乱しているようで、容易には見つからないキク科のホトケノザが(普通はコオタニビラコという)本物の春の七草だそうです。
 ロゼット型をした葉が地面にへばりついているそうですし、1月には花が咲かないのでこの葉だけで識別することは慣れない人には無理であるそうですので、みんなかなり間違った草を食べているらしいのです。
 とにかく、出かけていった年長さんたちは、それらしき草を色々見つけて帰ってきました。ナズナは大きいのがありました。にせもののホトケノザもありました。本物らしきホトケノザはあったようです・・?
 年長さんの部屋を覗いたら、草はゆがいて小さく切り、おかゆはお米から土鍋でたいていました。私は、「あんまりおいしくはないと思うよ〜。」と、期待しすぎていたらいけないかなと思わず牽制球を投げていましたが、子どもたちは、「おいしいかもしれんでしょ!」と、目を輝かせていました。
 丸くなって一緒に座って待っていたら、ご飯茶碗に待っていた七草かゆが盛られてきました。頂きますをしてから、子どもたちと一緒に、その七草がゆを口に運びました。う〜ん、おいしい!甘くて春の味がするということを心から感じた瞬間でした。
 本当は、もっと苦くてまずいかもしれないと思っていました。実家にいた頃は、母親が家の周りの草をちょいちょいと抜いて七草がゆを毎年作って食べさせてくれていましたが、こんなにおいしいものとは認識していませんでした。私はといえば、わが子には、七草がゆを1回も作った記憶がありません。七草かゆを作ってあげられるおばあちゃんになるということでその埋め合わせをしたいものだと秘かに思ったところです(おばあちゃんになるということはまだ今のところ、めどはついていませんけどね)。
 子どもたちも、おいしいおいしいといって、味わって食べていました。この七草がゆを食べると、風邪をひかないとか、一年息災で過ごせるとか言われています。1月七日に食べるということなので、お正月でごちそうやお酒をたくさん頂いた胃をちょっと休ませるという昔の人の知恵だともいわれています。子どもたちと一緒にいられるこの保育園だからこそ、大人になってこの七草がゆを食す再体験ができました。計画をしてくれた年長組の担任に感謝しています。この七草がゆを食べるという保育は、これからうちの園の行事として定着させていきたいと思いました。
 インターネット中の一節です。
 “七草がゆは自然の恵み” 《昔から親しまれている正月料理のひとつに七草がゆがあります。私の母が作ってくれた七草がゆは、ナズナの甘い味と土の香りがして、何とも言えない大自然の恵みを感じさせました。私は10年ほど前から七草を覚え、そろえたいと思い、毎年12月になると七草の鉢植えを趣味として作っています。我が家の庭には鉢植えから落ちた種子が飛び散り、自然に七草が生えています。七草をそろえるのに1番大変だったのがホトケノザでした。これは食べられず。食べられるのは「コオニタビラコ」です。植物図鑑にも書かれています。スズナ、スズシロは10月半ばに種子をまくと、正月には小さな可愛い葉が出てきます。環境保護や総合的な学習が叫ばれていますが、七草は絶好な教材ではないかと思っています。》
 園庭の畑のひと隅に、七草のコーナーも作っていったらいいなとこの記事を見て思いました。
 大麻を中学生が所持していたとの記事を読み慄然とします。すぐそこまでも危険な落とし穴が近づいているのだと感じ、子どもたちの未来を憂えずにはおれません。子ども時代に口にした、自然の恵みの七草がゆの味、大人と一緒にとりに行った七草、友達と一緒に笑って食べた七草がゆの体験が、子どもたちに健全な力を与え、将来にわたって、決してやってはいけないことへの、しっかりとした抑止力になってはくれまいかと願っている自分に気付きました。

2009年12月25日
『サンタパワーはすごいですね!』

 もう朝だよ。起きなさい!」という言葉が今朝だけは必要ありませんでした。ということがあちこちの連絡帳に書いてありました。また、昨夜は「早く寝ないとサンタさんが来られんわ」ということで、早々に布団に入った子どもたちが多かったようです。でも反対に、ケーキを食べて興奮してなかなか眠れなかったという子どもさんもおられました。遅く寝た子どもさんも、朝はバッチリと早く目が覚めていました。
 手紙や絵をサンタさんにあげようと置いておいたら、朝にはなくなっていたわぁ〜。やっぱり、という子ども。ピンポンが鳴ったので走って玄関に行ったら、ピンポンダッシュでサンタさんが逃げていったという子ども。そんなに頼んでいないのにプレゼントがたくさん来たという子。それを聞いて「いいなぁ〜。僕はひとつしかないわぁ」としょんぼりした子。それを聞き「ひとつがいいよ。」という子。なんで?と聞かれ、口ごもっていると、別の子が「大事にするけん!」と、助け舟を出してくれたり。「そうだ、片付けも大変だよねぇ」と自分で納得したりなどなど、サンタさんからのプレゼントをめぐってあれこれ話が弾みます。
 今朝のテレビで言っていたのですが、サンタさんがなぜ24時間でたくさんの子どもたちにプレゼントを運ぶことができるのか?という子どもの質問に、こう答えていました。サンタクロースの時間と空間は、私たちとは全く違っている。同じ時間でもゆっくりとした時間がサンタには流れているそうです。サンタさんには謎が多く、不思議な魅力に満ちていますね。女のサンタさんはいるのか?手伝ってくれる人はいるのか?など。ソリは、燃料なしでいつまでもどこまでも走っていくそうですし。
 子どもたちの話を聞きながら連絡帳を読みながら、本当にお忙しい中、お父さんお母さんは準備など、さぞ大変だったことだろうと思いました。子どもたちの夢を、大人の力で守ってあげる、そんな愛を感じた今日の日でした。
 そんな子どもたちのそれぞれの家庭の様子を聞きながら、とっくに巣立ってしまい、現在子どもがいない我が家のことを思いました。忙しさの中、この連絡帳に書いてあるようなことを一生懸命やっていたなぁ。でも今、サンタさんが来なくなったこの空虚なかんじ。さみしさや喪失感を抱え持つ自分をみつめるのです。そして今更ながらしみじみと味わったのでした。(グスン・・・)
 大変でしょう。忙しいでしょう。でも、子どもがいることの楽しさ、わくわくする子どもたちの輝く瞳。そんな、何にも代えがたい宝が、お父さんやお母さんたちにたくさんプレゼントされるのです。 「いいなあ。」と思わず子どもたちに言うと、「何が?」と子どもたちが聞きました。そしてその後、また子どもたちが言いました。「笑顔でしょ!」と。 いいなあ!

2009年12月14日
『みんな、みんな、ありがとう!ありがとうを二万回!!』

火のついたろうそくを手に持ち、子どもたちと会場の皆さまに向かってのオープニングの私の言葉。そのままです。

 《ありがとうって二万回言うと、奇跡が起こると聞きました。奇跡が起こらなくても、「ありがとう」ってたくさん言える人になりたいですね。今日のクリスマス会のために、劇や歌の練習をしました。それは、おうちの方たちに、こんなに大きくなってがんばっている姿をみてもらうためです。こうして元気に友達や先生たちと楽しく過ごしている姿をみてもらうためです。ここで元気でいられること、生きていることはあたりまえのことではなく奇跡の結果だと思います。一人にひとつずつの大切な命を、自分の命も大切にして、みんなで守っていきたいと思います。縫い物が苦手だったりお弁当作りが苦手な方も、子どもたちのためにがんばってくださいました。ありがとうございます。今日は、私たちが、日ごろのありがとうの気持ちをこめて、このステージの上で楽しいひとときを、心をこめたたくさんの歌をみなさんにプレゼントします。どうぞ、受け取ってください。これは、ありがとうの火です。このありがとうの火が、世界中に広がって、みんなの心があたたかくなりますように。それでは、ありがとうの火を、子どもたちに渡します。》

 この言葉の後、子どもたちにろうそくの火を渡しました。ひとつずつ灯されていくろうそくの火をみつめながら、心がやさしくなっていきました。“まあるい命〜みんな同じ生きているから一人にひとつずつの大切な命〜”と、子どもたちが声を揃えて歌った後、クリスマス会が始まりました。そして、今子どもたちを送り、サンタさんを無事に送ってから、みんなは片付けの最中です。ひとつの舞台を終えた役者のように、一人ひとりが一回り成長した顔つきになって、さっさと動いている職員です。子どもたちも自分の役割をこなし、そして舞台の上でのびのびと楽しんでいましたね。年長さんたちが、終わって走ってくるとき、たまたまそこを歩いていた私に、すれ違いざま、「たのしかったぁ〜!」と、手を伸ばしてきました。その手にポンと手を合わせました。走ってくる子どもたちの輝いた顔が、まぶしかったです。やり終えた達成感と満足感が、身体中にあふれていました。楽しく、舞台で演じることができてよかったと心から嬉しく思いました。昨日まで、ステージに出ることが恥ずかしかった3歳児のRちゃんも、今日は上で楽しく踊ってくれました。きっと、踊りだしたくなるあたたかな雰囲気があったのですね。それぞれの持ち場でそれぞれが、精一杯向かったから、ひとつになれたのだと肌で感じました。まさに、テーマの、まあるい命のクリスマス会になりました。 ♪みんな同じ生きているから、一人にひとつずつ、大切な命♪ の歌声は、会場と一体になれました。やっと、夢がかなったように感じました。
クリスマス会を迎える度に、会場と一体感を持てたら嬉しいなと願ってきました。でも、それはなかなか簡単ではありませんでした。自然に心がひとつになることができる方法は、やはり音楽だと思い、何かいい歌はないかなと思っていました。たまたま、このイルカさんの“まあるい命”の歌を聞き、これでひとつになれるかもと思いました。職員会で、テーマと共に伝えると(テーマはイルカさんの歌詞そのままで、思いっきりパクリでしたが)、みなさん、同調してくれて・・・!すぐ、楽譜を買いに行ったりCDを調達したり、楽譜に起こしてくれたりで、あっという間に職員が音楽でひとつなったように感じました。
 みんなおなじいきているから〜 と歌に合わせて赤い布を振って歌ってくださった会場のみなさんをステージの上から見ました。ステージに並んで布を振っている職員を、横に見ました。この風景を忘れないと思いました。
クリスマス会をあたたかく見守っていただきまして、ありがとうございました。生き生きと生きること。勇気を出して一歩前に出ること。心をひとつにすることのすばらしさを、皆さんから教えてもらったように感じました。すべてのみなさんに感謝です。
 ありがとうございました。
2009年9月8日
クルミちゃんは、クルミ君だったの巻

 今週初め、「園長先生!大変なことが起こりました!」職員が職員室に駆け込んできました。「あの〜、うさぎ小屋にうさぎの赤ちゃんが生まれています!」「ええッ!!」絶句。ありえない。

 うさぎは、今年の四月にホームセンターにわざわざ買いにいったものです。それまで飼っていたうさぎさんが年をとって召されていきました。新しく求めようとした時、今までの経験をもとにホームセンターでということになったのです。今までの経験とは、赤ちゃんが次々たくさん生まれること、寂しがりやということなどです。絶対、雌だけにしようねと固く心に誓いながら、なんと可愛い雌のミニうさぎ4羽を保育園に連れて帰りました。もちろん「雌だけですよね。」と、担当の方に何度も念を押しました。「はい。雌の4羽です。」という言葉に、これで、赤ちゃんの苦労はしなくてすむと秘かに胸をなでおろしていたのです。この少子化の時代、子育てのプロである私たちが大きな声では言えないんですけど。

 白いうさぎがマリーちゃん。茶色がリリーちゃん。灰色がミミちゃん。そして、こげ茶色がクルミちゃんという名前を年長児さんたちがつけてくれました。可愛い4羽の女の子。くっついたり離れたり、それぞれが自由気ままに遊びながらも、女の子だけなので、穏やかでやさしく、兎にも角にも、可愛いい小さなうさぎちゃんたちでした。当番を決め、子どもたちも喜んでごちそうをあげてもうミニとはいえない普通の大きさ(でも女の子)のうさぎになっていました。そう信じて今まできました。それなのに・・・。WHY?

 まだ毛も生えていない赤ちゃんが、むき出しのままに動いています。本来なら、土の下に隠して育てるはずなのに。また、このことで、心を痛めなくてならないのかとがっくりしてしまいました。ホームセンターに電話をすると、「そうですかぁ。びっくりされましたね。すみません。今頃のうさぎは子育てが下手になっているので、うまく育たないかもしれません。」いやいや育てようと思ってはいなかったよと思わず心の中で突っ込んでいました。雌と思って売ったうさぎの1匹が雄であったことを謝られたのですが、急務なのは、早く雄を見つけて離すことです。一体どの子が雄なのか?見れば分かると担当の方に言われ、見ようとするのですが、どの子も大暴れです。やっと、餌で釣って立たせ、後ろにひっくり返すようにすると、あっ!見えました!!「ありました!クルミちゃんです!犯人はクルミちゃんです!」という声。そのクルミちゃんを三人がかりで素早く箱に入れ、隔離。その後、ホームセンターさんに。そこで、優しそうな係りの女性の方に、すまなさそうに言われたことは「本当に申し訳ないのですが、おそらく他の2羽にも、もうやっていると思います。」ええっ!!そんなぁ〜…。とりあえず、4羽が3羽になった以外、表面上は前と変わらない平穏なうさぎ小屋なのですが、水面下の土の中で、どのようになっているのか?むき出しになっていた生まれた赤ちゃんのうさぎは無事に育っているのか?後の妊娠疑惑の2羽のうさぎの赤ちゃんはいるのかいないのか…その答えは数日後に持ち越されています。

 運動会について書こうとパソコンに向かうや否や、このクルミちゃんは実は男だった事件にすっかり翻弄されてしまいましたが、運動会は、ホント、晴れてよかったですねぇ。(18年度)ドーム→(19年度)カミアリーナ→(20年度)四絡小学校屋体→(21年度)四絡小学校校庭!!と、運動会難民となっていた私たちでしたが、今年度は四絡小学校改築工事も終わり、こうして校庭をお借りすることができました。 お蔭様で晴れましたので、澄んだ青空のもと、伸び伸びと運動会を楽しむことができました。  小学校や児童クラブさんにも、大変お世話になりました。ありがとうございました。

 今回の運動会のテーマは希望でした。世の中には、辛いことや悲しいこともたくさんあります。こうして大人になって親になっても、迷ったり落ち込んだりする私たちです。でも、毎日ぐんぐん伸びる子どもたちをみていると、子どもは希望そのものだなあと思います。この希望そのものの子どもたちのそれぞれの挑戦を、最後まで温かく見守っていただきました。子どもたちがそれぞれ持っている力を信じ、子どもの味方になって応援していただきました。そのあたたかなまなざしを受けて、子どもたちは伸び伸びと運動会を楽しんだと思います。大事なことは、時間をかけてゆっくり育っていくもの、どんな自分でも受け止めてくれ信じてくれる人がいれば、いつか色々なことを乗り越え、大きな花を咲かせることでしょう。

 やっぱり、運動会って、外のもんですねぇ〜。気持ちよかったですねぇ〜。 保護者のみなさま、天の神様、本当にありがとうございました。
 
2009年8月24日
『お泊まり保育を終えて』
 8月6日と7日、三瓶北の原キャンプ場で年長児さんたちと一緒に過ごしました。降ったり止んだりの不安定な天候が続いていましたので、晴れて当日が迎えられることに、まず、感謝でした。お泊まり保育の前は、毎年その責任の重さや命の重さをつくづく感じ、祈るような気持ちでいます。無事に、この子たちをお父さんお母さんのもとにお返しする事を、心に誓います。リスクとプレッシャーを、しっかりと受け止めます。そして、共に出かける職員の顔を思い描き、みんなと一緒だから大丈夫だよと、一人ひとりの職員の顔を思い出して安心するのです。そうしてその後、子どもたちとのかけがえのない時間や空間を想像し、今年は一体どんな物語があるのだろうと、思わずニヤニヤしてしまうのです。
 
 子どもたちは、その小さな身体にいっぱいの不安や期待を抱え持ち、健気にも勇気を奮い立たせ、お泊まり保育に挑戦しようとしている小さな戦士です。でも、不思議なことに、毎年この小さな戦士たちと一緒にいると、私たち大人に不思議なパワーが宿ってくるのです。この小さな戦士たちのなんと頼もしいことか。いつも、支えられているのは、私たち大人の方なのです。
 
 初めてのお泊まり保育。初めてお母さんたちと離れての一泊です。何とか一緒に乗り越えて、少し大人になれた子どもたちと出会えたら嬉しいな。そのためには、私たちのあり方や関わり方が重要だと思います。事前に職員と“ゆったりと楽しもう”と話し合いました。実際には、食事作りなどは4食すべて薪から作ったのでそれも結構忙しく、思い描いていたようにはならないのですが、できるだけそのように子どもたちには見えるように振る舞いたいと思いました。
 先日ベルリンで開催された世界陸上の100m競技の選手を見て、こんなふうに思いました。彼らはこの最も緊張を強いられるスタート直前に、笑顔を作ったりしてとてもリラックスしている姿を見せている。心の中のやってやるぞという気持ちとプレッシャーは満杯状態だろうに。でも、その気持ちのままの状態で筋肉が固くなってしまったら、速く走ることはできない。身体はできるだけリラックスさせ、他人に左右されず自分の走りを最後までやり抜くことがきっと勝敗を決める大きな要因なのだろう。一泊保育の私たちのスタンスも、気持ちは焦ったりする場面もあるけれど、この一流選手たちのように、ゆったりと子どもたちと関わり、その不安な気持ちを受け止め、一緒に十分に楽しむことが、保育のプロとして大事なことだと思ったのです。
 
 今回のお泊まり保育のメインの所は、何といっても食事でした。このメニューは、年長児さんたちが担任と話し合って決めたメニューだそうです。紹介しますね。

 
☆着いた日の昼食…焼きおにぎり・豚汁
☆夕食…ご飯・流れ星箱・モロヘイヤのお浸し・吸い物・スイカ
☆朝食…おにぎり・きゅうりと塩っぺの和え物・みかん・味噌汁(きらきら畑で採れたかぼちゃ)
☆昼食…スパゲッティ・キャベツのゆかり和え
 
 もちろん、ご飯は釜で炊きましたよ。煮物や浸しもスパゲッティも鍋で備え付けのかまどで薪を使って。前日までの雨の影響で、木もかまども全体的に湿っていたので、お助けマンのバーナーさんのお陰で何とか火がつき、色々とナントカ間に合いました。今回のお泊まり保育で最も活躍したのは、このバーナーさんだったのではと、秘かに囁かれております。
 このメニューの中で何だろうと思われるのは、夕食の“流れ星箱”でしょう。これは、すごぉ〜く美味しかったです!三瓶山で!みんなで!かまどで!ということを差し引いても、美味しかったぁ!!これは、半分にした油揚げの中に、椎茸・鶏ミンチ・鶉の卵・お餅、そして星型の人参を入れてつまようじで止めたのを、鍋でしょうゆうと砂糖で煮たものです。子どもたちは自分の油揚げを持ち、自分たちで切った材料を順番に入れ、最後に星型の人参を入れました。その星型の人参を入れる時に、一人ずつ願い事を言うことになりました。ケーキ屋さんになりたいなど、将来の夢を語っていたのですが、とても悩んだT君は「この人参が上手に入れられますように」と言ってから、油揚げの中に上手に入れていました。アッと言う間に願い事が叶ったT君でした(笑)。
 このメニューの名前も、子どもたちと一緒に決めたそうです。だから、人参は星型なのだそうです。それにしても、“流れ星箱”という名前が、三瓶山の自然と夜空の星とマッチしていて素敵です。これから、ご馳走の名前をそれぞれ子どもたちがつけたら面白いと思いました。例えば“河童の川流れ漬け”とか。
 釜でのご飯担当は私と今年一年目のI栄養士。始めチョロチョロ中パッパがすべてでした。柔らかめの釜もありましたが、みんなからおいしいと言ってもらい安堵しました。それにしても今年のメニューは和風だったなぁ。あっさりしていたのか、みんなほんとよく食べました。
 
 姫逃池の散策、サヒメル、プラネタリウム、スイカ割り、虫取り、花火、友達と大騒ぎのシャワーなど楽しいことが続いても、夕暮れの色が濃くなるにつれ、心の中に少しずつ寂しさもやってきます。「なんか、お母さんに会いたくなったぁ…」と言うMちゃん。
 就寝前、テントの中でお母さんに書いてもらったメッセージを読むことになっていました。それはそれは小さな筒に入っていた小さな黄色の紙。お母さんたちの思いがいっぱい詰められていたその小さな紙の言葉を一人ずつ読み始めました。読みながら、目頭が熱くなってきました。子どもたちのそのキラキラした瞳が、一斉にこちらに向いています。読むと、その子の顔がいっぺんに光がさしたように、花が開いたように、明るく輝くのです。声を出して笑うその瞬間の子どもたちの嬉しそうな顔を忘れられません。今でも思い出すと、私まで嬉しく心が弾んで幸せになるようです。Mちゃんも、そのお母さんの言葉で一度に笑ってしまい、寂しさが飛んで逃げたように満足して眠りにつきました。
 
 どの子どもさんも、確かな愛情でしっかりと繋がっているのだなと感じました。一人ひとりがかけがえのない存在として、守られているのだなと感じました。お母さんやお父さんと離れたことで、繋がっていることをより感じることができたように思いました。お母さんたちのあふれる思いを、私たちもしっかり受け止めて、丁寧に毎日を過ごしていきたいと思いました。
 
 無事に、元気で帰ってくることができました。子どもたちも大人の私たちも、この体験を体と心で受け止め、様々なことを感じました。この感じたことは、ずっと残っていくように感じています。大切にしていきたいと思います。
 天気も、おうちの皆さんも、子どもたちも、職員もよく頑張りました。
 ありがとうございました。
 
2009年7月29日
『夏祭り・・・楽しかったなあ』
 A氏が、頑張って夏祭りを既に更新していることを、うかつにも皆さんより後で知りました。
 夏祭りが18日、そして県の監査が、24日でした。ふたつの大きなことが、同時進行でした。私とA氏は、書類の整理をしながら、出し物の練習をする。書類の見出し(インデックス)を印刷しながら、“トイレはこちら”の印刷をする。その間に色々な出来事に対処する。みたいな、二股、三股の生活が続き、私はホームページを開くことをうっかり忘れていたのでした。また、ホームページを開いたら、“園長の言葉”が、五月から全く更新されていないという事実に向き合わないといけなかったので、開くことから無意識に逃げていたのかもしれません。奉仕作業のお礼の言葉も、フロッピーにまでは入れていたのですが、年長さんが食育の勉強会をした時のことも、伝えたいと思ったのに・・・。
 監査が終わった翌日から、病児病後児保育の研修に千葉に出かけました。帰ってきたら、必ず更新!と心に誓って出雲に帰ってきました。さして、誰も、園長の言葉を待ってはいないとは思うのですが、A氏に負けたくはないと思っているのですよ、きっと。 そんなふうに負けたくないと思うのは、もしかして、早生まれだからかもしれないと、この間の夏祭りの出し物を通してちょっと思いました。
 今回の夏祭りの保護者と職員の出し物は、夏祭りの係りの皆さんの案で、職員は生まれ月でグループ分けがありました。4月から6月生まれのチーム。7月から12月のチーム。そして、1月から3月生まれの早生まれチームでした。(もうひとつは、保護者さんのチーム)私は、3月なので早生まれチームです。練習ぶりも、さすが4月生まれさんたちは、早くからちゃっちゃっと踊りを決めてさっさと取り組んでおられました。真ん中のチームも、とりかかりもスピードも早かったですね。
 皆さんに比べかなり遅いスタートの早生まれチームでしたが、いざ、とりかかるとその団結力は強く、心をひとつに夏祭りに向かったのでした。私なりの分析ですが、特に引っ張ったりまとめたりするリーダーがいないことや、みんなが、まあまあ主義のイエスマンであったことで、かえってまとまったのではと思いました。幼い頃、4月うまれの皆さんは、みんなお姉さんお兄さんでした。私から見る早生まれ以外の皆さんは、何でもできてよく分かっているはるか上の存在として感じていたのです。「園長先生、途中で何かパフォーマンスお願いします。」と言われましたが、丁重にお断りをしました。実際、そんなに受けることなど何もできそうにありません。それで、T先生が、バトンと前方展開をすることになりました。(すごい!)しかし再度皆さんからの要望で、T先生の後、何かちょっとでもやってくださいと頼まれ(他のチームでも、A氏をはじめ、個人のパフォーマンスがあるらしく、対抗意識で燃えている皆さんからの要望)困ってしまい、まさか宙返りができるわけもないので、苦肉の策で思いついたのが、大きな日めくりカレンダーを作ることでした。内容は、「わたしたちは 1月から3月までの」「早生まれチームです イエイ!」「小さいころは ぼーっとしていましたが」「今は こんなに さえています!」「早生まれの みんな!  未来は 明るいよ!」 というのです。これは、早生まれの子どもさんのお母さんたちへの、エールのつもりでした。ステージの上からマイクで檄を飛ばし、なかなか受けているなとは実感したのですが、後から、お母さん自身が「私も、3月31日生まれで、小さい時、ずっとボーっとしとったに。」とか「うちの子も早生まれで、回りのみんなと比べて遅れていると気にしていたけど、ほっとしたわ。」などと言われ、共感していただいたことを嬉しく思いました。
 それで、感じたことは、小さい頃できなかったことの反動なのか、大きくなったら、結構頑張り屋さんで、意外と負けず嫌いになっているのではないかなと思ったのでした。それで、A氏の更新に対して、意欲を持ったという、長い話になりました。
 それにしても、保護者チームのエネルギーと迫力と団結力はすごかったですね。ありがとうございました。 また、たくさんの卒園された皆さんにも会って近況など話すことができました。来ていただいた皆さま、お手伝いいただいた皆さま、一緒に夏祭りを盛り上げていただき本当にありがとうございました。至らないことも多かったと思いますが、子どもたちに大人も一緒に楽しんでいる、この時間や空間を楽しんで過ごしているということが伝わったら嬉しく思います。生きているということは、きっとそれだけで、すごいことなのだろうと思います。
 奇跡的に晴れた夏祭りでした。来年も、また、いい按配にできますように!!
 
2009年5月1日
 今年度がスタートして昨日でひと月がたちました。その間、皆さんそれぞれ、色々あったことでしょう。初めてのことは誰にとっても大変なことです。初めての子どもさんの初めての入園、初めての入学、わが子のちょっとした様子にでも動揺し苦しかったことでしょう。この先どうなるのか不安に思い、仕事をしていてもため息が出たりされたことでしょう。
でも、何はともあれ、どうにかこうにか、ひと月を乗り越えました。乗り越えられた自分たちを、とりあえずほめまくりましょう。遠い未来を区切って小さなハードルにし、そのひとつひとつを乗り越えるたびに、自分で自分をほめていきましょう。よし、まず4月を乗り切ったぞと。えらいぞ!自分!
もし、誰かにほめてほしい方があれば、私でよかったらほめてあげますからね。声かけてください。 さて、今年度のおおつか保育園の重点目標は、魅力ある環境作り と 一人ひとりに添った食事作りを挙げています。職員みんなで、努力していこうと思います。
魅力ある環境のひとつには畑があります。園庭にも畑がありますが、小山の放送塔の下のところに昨年から畑を借りて芋などを植えています。昨年度は思いつくのが遅かったために、芋を植えるのも少しでした。今回は、畑の全面を生かすように計画的に取り組もうと気合を入れているところです。大草だらけだった畑は4月の始めに討ち取り、何とか耕すだけまでにはしていましたが、耕すことがなかなかできなくて・・・。でも、いよいよ今朝、畑を耕すミニの耕運機を借りて耕すことになりました。
予定では、その耕運機の力を借りて、みるみる間に畑が耕されるということになるはずだったのですが。その耕運機は、気難し屋さんか気分やさん? 意外とデリケートで意外と体力がないのか、(単なる操作が下手だっただけなのでしょうが)ちょっと動いては、止まってしまい、止まるたびにからまった草を取ったりおだてたりしたのですが、どうもうまく動きません。結局、人の力で耕すことにしました。二時間かけ何とか、全面的に耕すことができました。
明日は、年長さんがお父さんやお母さんたちと、ここにひまわりの種を植えに来る予定です。今日、この畑と園庭の畑を区別するために、畑の名前を年長さんがつけました。“きらきら畑”だそうです。
きらきら畑には、ひまわりの他に、さつま芋やかぼちゃ、大豆などを植えることになりました。植えるまでには、石灰とか撒くのでしょう? 詳しい方に教わりながら、頑張って育てていこうと思います。畑から帰ると、園庭の畑をきれいに耕した先生たちが、「こっちは耕運機なしですよ!」と座り込んでいました。う〜む・・・確かに、耕運機はあるにはあったのですけれど・・・。
2009年3月31日
 今年度も今日でおしまいだなぁ〜と、感慨に浸る間もなく新年度が明日から間髪いれずに流れるようにやってきます。何から始めたらいいのか、何をおしまいにしたらいいのか、整理できない頭で、同じく整理できない机の前でため息をついている私です。
でも、考えてみれば、長い間、こうしてこの年度末と年度初めをやってきたのですから、今回も何とか乗り越えていけるのではないでしょうか。(と、思っている私もちゃんといるのです。)
毎年の課題ではありますが、とりあえず、片付けから始めないといけないと分かっています。何とか書類などをちゃんと整理をしないと、仕事の能率が悪いですからね。片づけを始める時、尊敬している先生の言葉を頭の中で繰り返しています。「迷ったら、捨てる。迷ったら捨てる」と。よし!すっきりきれいにするぞ!!
 でも、こんな時いつも思うのは、『奥様は魔女だったのです』の、サマンサのように鼻をぴくぴくさせて一瞬の間に、目の前のすべてがきれいになっているというようにならないものだろうかということです。まあ、そんなことを想像する時間があれば、とにかく、手を動かすことですよね。
卒園式でお別れではなく、(卒園式は20日だったので、その後も登園していますので)毎日のようにお別れがあるのが保育園です。玄関では、長年通っていただいた保護者の方と、ありがとうありがとう、さよなら、元気でね、又、会おうね、などなどの言葉があふれ、不思議な熱気に包まれています。“あなたに会えてよかった。嬉しくて嬉しくて言葉にできない”という小田和正さんの歌が、頭の中を回っています。
出会った、すべての皆さま、本当にありがとうございました。私たちは、ここで、変わらず、おんぶしたり抱っこしたり、笑ったり、迷ったりして、毎日を過ごしています。
そして、新しい出会いや新しい生活が明日からまた始まります。それぞれの場所で、お互いに、生きていきましょう。じゃあね。またね。元気でね。
2009年2月10日
 三瓶一泊ツアー・歩くスキーに挑戦したよ
 2月5日〜6日と、年長児さんのお泊り保育に出かけました。ねむの木保育園さんたちの年長さん5名と一緒に子ども総勢44名と大人総勢11名でした。
 国立三瓶青少年交流の家には11時頃着き、オリエンテーションといって、職員の方から心構えなど小学校の授業のように聞きました。椅子と机がひとつになっている初めて座る椅子なので、子どもたちは珍しくて、毎年一人はその椅子からずっこけるのですが、今回は、何とかそれは免れました。部屋に荷物を置きシーツを取りに行ってから、初めての昼食です。この三瓶青少年交流の家の食事はとてもおいしいので子どもたちはよく食べます。
 食事が終わると、いよいよ“歩くスキー”への初挑戦です。私たち職員は、1月末に歩くスキーの事前研修に出かけ習っていたので、準備など例年よりスムーズにできました。
 まず、屋体で板をつけたりはずしたりする練習をし、次に転ぶ練習や起き上がる練習をします。転ぶ時はお尻から思い切り転んだほうが怪我は少ないのです。お尻をつけたまま寝て、スキー板をはいた足を空に掲げて、空でスキー板を平行に揃えます。 それから、横を向いて、手で支えながら起き上がるのです。子どもたちの身体の感覚は、柔らかくてすぐにできるようになるので、子どもってすごいなといつも思います。
 さて、いよいよ外に出て雪の上で挑戦です。建物のすぐ前の広い場所で、歩く練習をします。歩くスキーは、本当はこうして歩くことができたら、もうできたということなのです。みんな、結構上手に歩けていました。でもやっぱり滑ると面白いので、しばらくしてから計画通り姫逃池まで板をかついで行きました。
 姫逃池の周りはちょうどいいゆるやかな傾斜で、子どもたちが楽しんで滑ることができるところです。三瓶山に優しく見守られ、その懐の中で滑るようなかんじです。 滑ったり転んだり、転んだり起き上がったり、思うようにいかなくて涙が出たり、ちょっと急な斜面をみつけ挑戦したり、思い思いの、色とりどりの子どもたちでした。
 初めてのことは誰でも簡単ではありません。うまくいかないこと、思い通りにならないことの連続です。そこで落ち込んだりいらついたりすることでしょう。その経験が、子どもたちにとって大事なことなのだと感じています。うまくいかないことだけがずっと続くことは苦しいけれど、周りの大人と一緒に自分でそれを乗り越えていく経験は、子どもたちにとって確かな自信となることでしょう。転んでいいよ。起き上がればいいよ。転ぶほどうまくなるんだよ。できなくても、だめでもいいよ。又、乗り越えていけるよ。という、身体を通した経験です。みんなを見下ろしている三瓶山のように、出会った大人や友だちが、あたたかく見守ってくれていたら、きっと乗り越えることができるでしょう。いつかきっとできるよと信じてあげる人たちの中で、育っていく子どもたちの瞳は希望で輝いていることでしょう。
 その晩入ったお風呂は、大きくて広くて、みなさん興奮状態でした。
 二日目は、そりで思い切り滑ったり、かまくらを作ったり、足を痛めた友達を中心に、まつぼっくりや雪でおいしいケーキを作ったりして、また、思い思いに遊びました。
 家では、さぞご心配だったことでしょう。子どもたちは、本当によく頑張りました。様々な葛藤を乗り越えた子どもたちの表情は、少し大人びてみえませんか。 様々な子どもたちの物語があります。ひとりひとりの物語です。その物語を私は忘れません。子どもたち、ありがとう。物語をありがとう。ありがとうの気持ちでいっぱいです。

2009年2月4日
 あけましておめでとうございます。の書き出しで、園長の言葉を年明けに書き込む予定でした。でも、一月はあっと言う間に行ってしまいもう戻ってはきません。二月はやっぱり逃げるように過ぎていき、三月は、じたばたしている私を横目に容赦なく去っていくのでしょう。そうして、年長さんとの別れがあわただしさの中にやってきて、あれ?あの給食があの子と一緒に食べた最後だったのだというように、後になって気づくのです。 けれどもそのような感傷に浸ることは許されず、今年度の締めと新年度準備などであの狭い事務室を右往左往する日々が続きます。
 さて、明日5日に年長さんを連れて、三瓶一泊ツアーに出かけて来ます。一日目は、歩くスキーをします。子供たちはもちろん初めての挑戦です。私は、このお泊り保育で、子供たちと一緒に何回も歩くスキーは経験していま・