緒  説


 大正3年2月、私は神西村史数十部を謄写版刷りにして村内に配布した。その当時更に精細なものを他日作りたいと考えていた。その後に村史の残本あらば分譲せよと望まれた向が多かったが、遺憾ながら残本はなかった。こういう事情で再び村史を編纂するため資料の収集に努めた。近時公職を退いて身は閑地にある。ゆるゆる筆をとり、前村史に改訂増補を加えた。今ここに謄写刷りとし、一般のもとめに応ずることにしたが、自分ながら不満の点が多い著述である。

 本村史編纂にあたり、史料の収集と考察とには次の態度をとっている。

1、伝説は資料となる価値をそなえたものが多い。古文書とか古記録とかいうものの散逸しがちな田舎では、伝説が有力な資料になる。しかし伝説の多くは断片的であって、前後の連絡を欠いているものが多い。かつ長い年月語りつぐうち、次第に転化したのもある。

2、古書とは古証文や古記録を指す。これとても筆者の個性が混入していると思わねばならない。

3、遺跡と遣物、これも古書と同じく歴史上第一の価値をそなえている。けれどこれには人の手が加わって故形を保たないものが多い。

4、周囲観、ただに一村一郷を研究してもまだ足りない。隣村隣郷との関係を考え、さらに郡・県・国との交渉を察して、その上に日本国史という大背景を眺めねばならない。そしてこれが記述上の体様について、2、3注意すべき所は、

1、敬語を用いないで独演体にしている。崇敬体にすると、文章が冗長になるのみならず、文意の徹底を欠ぐ恐れがあるからである。

2、敬称を人につけない。一般史が現代の名家にも敬称をつけていないのは、現代人も過去人も等しく人として取り扱うからである。これにならって本書にも皇室の外は敬称を廃した。

3、文章も文字も通俗を主とし、尋常小学校卒業程度の学力で読了されるように努めた。ただ1つ避けられないものは歴史上特殊の用語である。例えば「安堵」(あんど)「知行」(ちぎょう)等の語は、他の語に換えては歴史味を失う場合がある。

4、本書は編を分って4としている。一般国史は中央政府の動きで編名をつけるけれど、本書は郷村(ごうそん)の歴史だから、郷村の体制を根本にして編名を定めてある。法学的にいうと、自治以前はすべて官治である。官治とはいえ、大宝令の制と武家の政とは趣を異にしているし、同じ武家の知行でも、地頭(じとう)と出雲の大名とはまた差が存している。また明治維新以後といえども、自治制施行までは真の自治でない。ただ、自治時代の初生期と観るべきものである。章のたて方も事件本位にしたが、歴史というものは前後を総合して味わうのが本領である。

     昭和9年(1934)7日     濱村台次郎識

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