「ぬかるみ」 このうらまちの ぬかるみに、 青いお空が ありました。 とおく、とおく うつくしく、 すんだお空が ありました。 このうらまちの ぬかるみは、 深いお空で ありました |
金子みすヾ童謡集『わたしと小鳥とすずと』(JULA出版局)より |
![]() |
私が幼い頃、一人暮らしの祖母の家に片目を失くした老犬がいた。 孫たちが庭で遊んでいると側にきて、いつまでもついて歩いてきた。 老犬でおとなしく、幼い子どもにもやさしかった「まる」はクサリで繋がれることなく 自由にそっと生きていた。 主の祖母には忠実で、祖母の一挙手一投足を常に片目で見つめてる。 日当たりのいい縁側で幼い私がおままごとしてると、祖母が洗濯物を干しながら まるの小さかった頃のことを話してくれた。 「丸々して可愛くってね、それでまるって名前にしたんだよ」 祖母がリュウマチで痛む膝をかばい手で摩ると、まるがそっと傍らに座った。 「まるもオス犬だから若い時にはいっぱい喧嘩をしたよ、それで片方の目を失してね 今でも触ると痛がる」 膝を摩っていた祖母の手が、まるを優しくなでた。 ある日、母にお使いを頼まれて祖母の家に行ってみると、いつも出迎えてくれるまるの 姿が見えない。祖母は「もう年だからね、犬は自分の死に場所を探して人には死んだ姿を 見せないっていうから・・・」 まるを探して不自由な足で歩き回ったのだろう、祖母はひざにシップをしていた。 それから二日ほど経ってから、近くの廃屋で死んでいるまるを祖母が見つけた。 祖母は裏の畑の隅に、クワを打ち振るい大きな穴を掘って、そこにまるを葬った。 祖母がともした線香の煙が、青い空に透けて消えていく。 土にまみれた祖母の手が、まるの上にそっと花を手向けた。 まるで優しくまるを撫でるように・・・。 |
Top Next |