「木」

お花がちって
実がうれて、

その実が落ちて
葉が落ちて、

それから芽が出て
花がさく。

そうして何べん
まわったら、
この木はご用が
すむかしら。
金子みすヾ童謡集「わたしと小鳥とすずと」 JULA出版局より。
 小学生の頃の同級生に、ほとんど友だちとの交流を持たない無口な女の子がいた。
授業中に先生に当てられても首を横か縦に振るだけ。
グループ分けをする時でも、誰かに手招きされるまでじっと待っていた。
給食の時も休み時間でも決して自己主張することなく、誰からも関心を引かないように
ひっそりと過ごしていた。
周りの同級生たちも、先生さえも彼女を空気のように感じていたし、彼女もそれを望んでいたと思う。
 そんな彼女がほんのひと時ではあったが、私を「親友」と呼んでくれた時期があった。
ふとしたことから会話をするようになり、いつも二人だけで遊んだ。
そういう時の彼女はよく笑う明るい女の子で、学校にいる時とは別人のようだった。
 彼女はいろんな秘密の場所を知っていた。山葡萄が沢山茂っているところ。
大きな声で歌っても誰にも聞かれないところ。景色が綺麗な場所。
それと特に彼女のお気に入りの場所は、一人っきりでも寂しくなくずっと居られる大きな木の根元。
そこは急な丘の中腹にあり、彼女の家が一望できる場所にあった。
そこに二人で並んで座り、自分の家を眺めながら「家に帰りたくないの」と、私にそっと秘密を打ち明けた。
そして、指きりげんまんをしながら「こうして私がしゃべれるってことも皆には内緒にしてね」といった。
 当時の私にはその言葉の奥に潜在する意味など解るはずもなく、彼女と交わした指きりも、
私にはごっこ遊びのようなものだった。

 何日か経って、彼女との二人きりの遊びに飽きてきた私は、数人の友だちを誘って彼女との約束の
場所に行った。あの大きな木の根元だ。
賑やかに近づいてくる私たちに気付いたのだろう、彼女の姿はもう既にそこにはなかった。
そして、翌日学校であった時の彼女は、もとの空気のような存在になっていた。
唯一、彼女の居場所だったあの大きな木の根元も私に汚されてしまったのだ。

あれから何年経っただろう、彼女はあの大きな木の根元に変わる安らぎの場所を
見つけることが出来ただろうか?






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