[「月のひかり」



月のひかりはお屋根から、
明るい街をのぞきます。

なにも知らない人たちは、
ひるまのように、たのしげに、
明るい街をあるきます。

月のひかりはそれを見て、
そっとためいきついてから、
だれも貰わぬ、たくさんの、
影を瓦にすててます。

それも知らない人たちは、
あかりの川のまちすじを、
魚のように、とおります。

    ひと足ごとに、こく、うすく、
    のびてはちぢむ、気まぐれな、
    電灯のかげをひきながら。



月のひかりはみつけます、
暗いさみしいうら町を。

いそいでさっととびこんで、
そこのまずしいみなしごが、
おどろいて眼をあげたとき、
その眼のなかへもはいります。
    ちっともいたくないように、
    そして、そこらのあばら屋が、
    銀の、ごてんにみえるよに。

子どもはやがてねむっても、
月のひかりは夜あけまで、
しずかにそこに佇ってます。
    こわれ荷ぐるま、やぶれかさ、
    一本はえた草にまで、
    かわらぬ影をやりながら。

よみがえる
金子みすヾ童話集「このみちをゆこうよ」 JULA出版局より。
 当時4歳だった次男と夜の散歩をしていた時のこと。
「おかあさん、お月さんがずっとついてくるよ」と後ろを振り向かないように
硬直して、しかもヒソヒソ声で教えてくれた。
私も同じように」振り向かないまま「どうしてかなぁ?」と尋ねると
「僕のことが好きなんじゃない」とつぶやいた。

しばらく歌を歌ったり、すぐに終わってしまうしりとりをしながら散歩を続け、
ようやく家の中へ入ろうという時、意を決して次男は振り向き大きな声で
「お月さん、バイバイまたね」と言ってピシャリと戸を閉めてしまった。
ちょっと乱暴に思えた次男の仕草に
「なぜあんな事をしたの?」と寝る前に聞くと
「僕の家は明るいでしょ、だからお月さん消えちゃうよ。それにお外のみんなが寂しがるから」
と打ち明けてくれた。

この詩を読むとその時の布団のぬくもりがよみがえる。
そして、空を見上げると今夜も変わらず月が照らしていた。






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