「日の光」


おてんと様のお使いが
そろって空をたちました。
みちで出会ったみなみ風、
(何しに、どこへ。)とききました。

ひとりは答えていいました。
(この「明るさ」を地にまくの、
みんながお仕事できるよう。)

ひとりはさもさもうれしそう。
(わたしはお花をさかせるの、
世界をたのしくするために。)

ひとりはやさしく、おとなしく、
(わたしはきよいたましいの、
のぼるそり橋かけるのよ。)

のこったひとりはさみしそう。
(わたしは「かげ」をつくるため、
やっぱり一しょにまいります。)
金子みすヾ童謡集「わたしと小鳥とすずと」JULA出版社より。
幼馴染に「まさるくん」という、2歳年上の男の子がいた。
小学生の頃、同じアパートの住人同士だったので、一緒に遊ぶこともあったが
女の子の私には、ちょっと乱暴でガキ大将のようなまさるくんを苦手にしているところがあった。
まさるくんがお祭りの露店で、ヒヨコの雛を買って貰ったと喜んでいるのを見ても
いつか殺してしまうんじゃないかと気が気じゃなかった。

その日の午後も、私は学校から帰って、近所の女の子と縄跳びをして遊んでいた。
すると突然、まさるくんがランドセルを背負ったまま、走ってアパートの家の中に逃げ込んだ。
同級生だと思われる男の子が3人、後からまさるくんを追い込んで走ってくる。
家の中に逃げ込んだまさるくんは、家のドアをピシャリと閉めて出てこない。
「おい!出てこいよーー!!」とひとりの子が叫ぶと、もうひとりも何か叫びながらドアを蹴った。
そして最後のひとりがドアめがけて石を投げた。
ドアの飾りガラスが大きくガシャーンと音を立てて、割れた破片が飛び散った。
それを合図にしたように、男の子達は走り去っていった。
それまで一緒に遊んでいた近所の女の子も、恐くなって泣きながら帰っていってしまった。

一瞬の出来事だった。
この一瞬の事件を見ていたのは私だけではなかった。
買い物帰りだったのか、近所のおばさんたちもその一部始終を見ていたのだ。
そして、嵐の後の沈黙を破るように、そっと囁きだした。
「あの子のお母さん、浮気相手と一緒に家を出て行ったらしいわよ」
「これからどうするのかしらねぇ〜。ご主人ひとりで育てる気かしら?」
「苛められてるのかも知れないわね。お母さんのことで」

私はどうしていいのか、考えもつかずに
まさるくんのいるドアの前まで、ゆっくりと歩いていった。
ドアの前にはガラスの破片が散らばっていた。
玄関の横では、もう立派な雄鶏に成長した鶏が爬虫類のような目で私を睨んだ。
ドアをノックをしようとして、ためらわれ、
声も掛けられずに、
私はそこから動けずにいた。

胸を締め付けられたのは
ガラスが割れたドアの向こう側から聞こえてくる、
まさるくんの嗚咽だった。





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